2014年5月18日星期日

有關9單選拔的二三事:乃木坂步行街第117回 人氣格差會造成不良影響



本日深夜、9thシングルの選抜発表です。いま、どう騒いだところで既に決まっている選抜に影響はありません。なので、このタイミングで選抜に関する私見を語りたいと思います。以前にも、やはり8th選抜発表前に私見を述べたことがあります。一言でまとめてしまうと『聖域を無くそう』でした(參照乃木坂散歩道・第98回「聖域なき構造改革」)。今回はちょっと視點を変えてみます。
今天深夜,是九單選拔成員的發表。現在無論大家再怎麼亂哄哄的,對已經定下來的選拔也毫無影響了。所以說,在這個節點我也想對選拔的事說兩句。以前也對八單選拔發表過看法(見第98回)。這次變換個視角來看待這個問題。
 
 その論點は『格差』です。
 論點就是“格差”。 *格差:等級差距,為了方便,下面保留這個詞彙。
「月のように輝く存在」
如同月亮般閃耀的存在
 
 今、乃木坂46のメンバー間にも拡がりつつある格差があります、『人気の格差』です。この話題、取り上げるべきか悩みました。見て見ぬふりをした方が良いのかとも思いました……。 
 現如今,在乃木坂46的成員中間格差正在不斷擴大,也就是“人氣的格差”。煩惱過到底應不應該提出這個話題。我覺得似乎還是對這個問題睜一隻眼閉一隻眼看到裝作沒看到比較好。 。 。
 
 とある日の個別握手會で、折り返しが出來ている列に並ぶ僕の目に、全く列が出來ていないメンバーの姿が寫りました。彼女の目には他のレーンの行列はどう映っているのだろう?そう考えた時、僕は目を伏せることしかできませんでした。
 某一天的握手會,當我排在長得都繞著折起來的隊列裡的時候,完全沒有人排隊的成員的身影映入我的眼簾。在她的眼裡,其他列的隊伍究竟是什麼模樣呢。這麼一想,我只能垂下雙眼。
 僕はこの時に、『行き過ぎた格差』という言葉が頭に浮かびました。
 我在那個時候,心頭浮上了一句話:過度的格差。
“人気があるから選抜なのか? 選抜だから人気があるのか​​?”
 “因為有人氣所以成為選拔?因為是選拔所以有人氣?”
 
 選抜メンバーに選出されるにあたって、自分の力で摑み取ったと言えるメンバーもいます。具體的には7thシングル『バレッタ』で初選抜となった衛藤美彩さん、川後陽菜さん、中元日芽香さんです。
 也是有成員能夠說得上是可能被選為選拔成員,用一己之力去爭取到的,具體來說就像七單初次進入選拔的衛藤美彩,川後陽菜,中元日芽香。
 
 逆に、現在一期生で選抜未経験者の二人、斎藤ちはるさんと大和里菜さんは、8thシングルの期間中に選抜選出のアピールが出來ていたか?少なくとも、僕の目にそのアピールは映りませんでした(これは、アンダーメンバーではアピールや経験の機會がどうしても制限されてしまうという、乃木坂46が抱える負のスパイラルの問題もあると思います)。
 反過來,現在一期生當中還沒有入選過選拔的兩個人,齋藤千春和大和里菜【畫:現在已經是九單入選了】,在八單的活動期間有沒有表現出可以入選選拔的魅力呢?至少我是沒看出來。 (我覺得UG的表現或者是積累經驗的機會都受到各方面限制,乃團固有的負螺旋問題也是原因之一。)
 
 それでも、僕は言いたいと思います。 9thシングル選抜において、選抜未経験者のうちの少なくとも一人は選抜入りさせるべきであると。
 但是這樣,我還是要說出來。對於九單選拔,在沒有選拔經驗的成員中至少要有一個進入選拔。

太陽のように自ら光を放つメンバーがいます。舞台上で輝き、眩しいくらいです。そういうメンバーだけしか選抜には入れないのでしょうか?
 有如同太陽一般放射自己光芒的成員。在舞台上閃耀著,令人目眩。難道除了這種成員,其他人就沒法進入選拔了嗎?
 
 自分から光を発することは出來なくても、光が當たった時、靜かに、優しく、時に儚く、時に妖艶に輝く存在、まるで月の様な存在が選抜メンバーにいてもいいと思いませんか?
 就算沒法自己發出光芒,在有光的時候,安靜的,溫柔的,時而夢幻,時而妖艷地散射著光芒的存在,就彷佛月亮一般,如果有這樣的成員在不是也很不錯嘛? 【畫:什麼亂七八糟的那麼抽象】
 
 僕たちが愛する乃木坂46にも格差があります。行き過ぎた格差は歪みを生みます。その歪みは乃木坂にとってデメリットとなるでしょう。それならば一ファンとして、目を背けることなく格差是正を考えるべきです。
 我們深愛著的乃木坂46中也有格差。過度的格差將產生不良影響。這份不良影響會造成乃團的短板吧。因此作為飯來說,不應該對格差視而不見而是應該好好考慮這個問題。
 
 その一つの方法としての選抜です。選抜になったから人気が出るとは限りません。初めて選抜に入る彼女たちの比較対象となるのは、多かれ少なかれ選抜で経験を積んできたメンバーたちです。選抜入りしてからは、それはそのメンバー自身の頑張りが重要となるでしょう。でも、スポットライトを當てなければ輝けない存在もあるのです。そして、そういう存在の美しさは、自ら光を発することが出來る存在とはまた違った魅力があるはずなのです。
 解決的方法之一就是選拔。成為選拔後不止是要積累人氣。那些初次進入選拔的姑娘的比較對像是,或多或少在選​​拔中已經積累了經驗的成員們。進入選拔後接下來就是看成員自身的努力比較重要了吧。但是也有不被聚光燈照到就無法發光的存在。這種存在的美麗,理應是和那種自己可以閃耀的存在相比,完全不同的魅力。


月下美人(ゲッカビジン):メキシコ原產のサボテン科の植物。花言葉は儚い美、儚い夢。夜に花を咲かせ、一晩しか咲かないことで有名です。この花は一年に一度、一晩しか花を咲かせないのですが、『上手く育てれば』、その年、もう一度花を咲かせてくれるのです。 
 月下美人(就是曇花):墨西哥原產仙人掌科的植物。花語是夢幻般的美和夢。夜晚開花,因為只開一晚而頗有盛名。這花雖然一年只開一晚,但是據說培育得好的話,一年中可以再開一次
 
 選抜の門はとても狹い。だから、もしかしたら、二人のうち、一人しか選抜入りできないかもしれません。でも、殘された一人は逆にチャンスです。 『最後のヒロイン』として注目されるはずだから。
 選拔之門非常狹窄。所以說,可能兩人中只有一個人可以進選拔。但是對另外一個人來說也是個機會。會作為“最後的女主角”受到矚目。 【畫:大和番茄新暱稱get! 】
  新選抜は乃木坂の寶です。新選抜にはドラマがあります。想い出選抜なんて言葉がありますが、この記事はその言葉に対する僕からのアンチテーゼです。

 新選拔發表是乃木坂之寶。新選拔發表是非常戲劇化的。有個詞叫回憶選拔,這篇文章就是我對這個詞的駁論。
【翻譯by 靡姽嫿】



一如所料,今次的乃木坂步行街是關於今次的總選的。關於等級的差距,我一直都認為這是一個在任何地方也會岀現的東西。無論是在46,還是在社會中,能者當之看來是鐵一般的道理。在僧多粥少的情況下,把機會給最有名氣的16個成員是合乎情理的,而如果把機會給未入過選拔的ug、二期生,確實是情義多於情理。就正如我曾經寫過,ug就像是46的月亮,低調但卻是有無比的亮光。可是,這是作為個人還是整體的呢?確實,46的ug是很吸引,但和選拔不同,她們個人的光芒不夠。就如籃球般,有些球隊是看球星的,有些是看團體的,亮點不同,但成績卻可以一樣很好。我不否定八單ug是有個別成員特有潛力,但她們會否其實更適合進到選拔呢?是為了人人公平,還是能者當之,這是一個營運要思考的問題。我認為,如果選拔陣容其實已經有十多個位是固定的了,但固定的位置會再增加嗎?如果連centre也再次固定,我想對46並不是一件好事。始終,我們最期待的就是下單的centre是誰。至於UG,我覺得大可以一team的方式去發展。得罪說句,UG個人的魅力真的有限,以群體的方式反而會比進選拔好。但這就𧗠生一個問題,UG如何進步?次世代又會如何?

無可否認,選拔以外的資源少之又少,而偶像要增加表演力、存在感以吸引新飯。但到底是有人氣才進選拔,還是有選拔才有人氣?明顯的是,有人氣才進選拔的。有選拔沒人氣的例子在46一大堆,我就不說了。反之,有人氣的成員現在都進了選拔了。但也不能排除有些成員真的要在鎂光燈下才可發亮。只是,也真的有些成員就算在鎂光燈下也是暗淡無光。就這麼看來,其實也不能只怨營運不給機會成員。機會,是自己爭取的。

從來,當偶像就是靠天份的。我相信所有成員都是很努力,但這不是一分耕耘一分收穫的遊戲。ug要上位真的不是沒有辦法,但天份我想是決定性的因素。選拔能成為選拔真的是有原因的。我以前一直也覺得46成員整體質素高,其實ug比選拔就只欠機會和經驗。但是,我最近看季刊的making video,選拔和非選拔的魅力是真的很不同的,不過這些就見仁見智吧。這裏我想說的是,不要以人人有份的眼光去看待選拔,應該是要以努力進步的心態去爭取。就算是在選拔內部,其實也充滿著格差,而營運也非常明顯清楚的告訴你,不進則退,任何人也沒有例外。所以予期在抱著下個應該是到我的心態去守株待兔,倒不如認真由與飯的相處做起吧。

一分耕耘不一定是一分收穫,但我相信,努力是一定有回報的。



End

3 則留言:

  1. UG要把握機會在一集中令人留下印象
    可是終覺得46中表現自己的方式太小了,太不入肉了,顏團的限制嗎?

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  2. 但我其實覺得乃木坂46 ug成員有一定的魅力和質素,起碼我都記得她們的樣子和名字!!
    但奈何資源太少局限了她們的發展...

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  3. >> 想乃團壯大, UG上位, 合拼可以是其中一個方法.....你願意嗎?

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